・あさひかわ新聞【並木道】 平成26年 3月 4日掲載

【方言】

 

 数年前、東京に出張で行った時の事、履いていた靴の底がつま先からパカっと剥がれたので慌てて靴屋を見つけて、新しい靴を買って履き替えた。そこで今まで履いていた古い靴を持ち歩くわけにもいかず、靴屋のご主人に「すいません。この古い靴をなげてくれますか」と頼んだ。ご主人は一瞬不思議そうな顔をしてから「お客さん、北海道から来たの?」って尋ねてきた。私は真面目に「靴の底の減り方とかでどこから来たのかわかるのですか?さすがプロですね。」と答えたら、ご主人に大笑いされたことがある。

 北海道は比較的標準語に近いと良く言われる。その北海道弁も自分自身はそれほど使わないと思っていたものだから、すっかりと油断していた。“なげる”だけは子供の頃から日常的に使っていたため、つい出てしまったのだ。このご主人、大学生の頃に数か月間、北海道を旅行したそうで、北海道弁で“なげる”=“捨てる”を覚えていたそうだ。

 話は変わるが、サイパンに旅行に行ったときのこと、売店でコーラを買おうと英語で「コーク プリーズ」と言ったら、缶コーヒーを手渡された事がある。二十数年前の事だが今でもコーラを飲むたびに思い出す。

旅先では楽しかったことより、このような失敗談のほうがいつまでも記憶に残っているようだ。

 

・あさひかわ新聞【並木道】 平成25年12月 3日掲載

【記念日】

 

 ある夜、急に激しい腹痛に襲われた。今までに経験したことのないような激痛。まるでお腹の中に手を突っ込まれて胃袋をグリグリとされているみたいだ。そのうち治まるだろうと我慢していたが、痛みはますます強くなるし呼吸するのも苦しくなった。

これはただ事ではない。すでに時刻は深夜0時を回っていたがとにかく病院に行かねばならない。問題はどうやって病院に行くかだが、この痛みでは自分で運転するのは無理そうだ。救急車を呼ぶことも考えたが、夜中に救急車が来たら近所の人が何事かと集まってくるだろう。それはちょっと恥かしいので出来れば避けたい。すでに家族は寝ていたが、妻を起こしクルマを運転してもらうことを選択した。

 病院に到着し、待合室で診察を待つ間、激しい痛みで周りを見る余裕なんて全く無いはずなのに、なぜか目に飛び込んできたのは壁に貼られたポスター。そのポスターには「救急の日」の文字。そう、この日は9月9日、「救急の日」だったのだ。

 検査の結果は、胆石でそのまま入院することになった。結婚記念日はおろか子供の誕生日でさえ記念日を覚えることができないのだが、9月9日はたぶん一生忘れないだろう。それは「救急の日」としてはもちろんだが、「胆石記念日」として。

 

・あさひかわ新聞【並木道】 平成25年 8月27日掲載

【夏休みの宿題】

 

 今日が夏休み最終日。明日から学校だと言うのに、今年も小学校5年生の次女の宿題はまだ終わっていない。「毎日少しずつやって早く終わらせなさい」と毎年毎年口を酸っぱくして言っているのだが、全てに於いてマイペースの次女は夏休みのほとんどをのんびりと過ごし残り2日のラストスパート、夜中までかかりなんとか間に合わす。

 例年、お盆休みには家族で一泊のキャンプに行くので、「それまでに宿題を終わらせないと連れて行かないよ。」と脅してみても、どこ吹く風。言った直後は宿題に向かうのだが、数分後には違う事をしている。楽しみにしているキャンプを宿題が終わっていないからと中止するのもかわいそうなので、結局はキャンプに行く日程は宿題をやる残りの2日間の余裕を考えて決めることになる。それに合わせて仕事の休みを余計に取らなきゃならないヨメさんも大変なのだ。

 今は高校生になった長女も小学生の頃は、いつも最終日には夜中まで宿題をやっていた。まったく誰に似たもんだかと文句を言ってみるが、思い返せば自分も子供の頃は最後の日に焦って宿題をやっていた。そして今、この原稿も締切に書いている。ああ、やっぱり子供っていうのは親に似るもんなんだな。

 

・あさひかわ新聞【並木道】 平成25年 6月 4日掲載

【母の得意料理】

 

 数年前から体調がすぐれない母は、すっかり台所に立つことが少なくなったそうだ。代わりに父が食事の支度をしている。

 そんな父母の家へ、毎年大晦日は三人の孫を連れて行き年越しをする。以前は父も母も子供や孫を喜ばせようと、たくさんの料理を用意してくれていた。しかし、準備するのが大変だろうと思い、この何年かは僕が料理を作って持って行っている。そんな母だが昨年の大晦日も茶碗蒸しだけは作ってくれていた。孫達も喜んで食べるし、僕も子供の頃から大好きだった。茶碗蒸しは母の得意料理なのだ。

母にはもう一つ自慢の料理があった。それは五目ご飯だ。我が家では混ぜご飯と言っていたが、五目の炊き込みご飯である。鶏肉、人参、椎茸、油揚げなどが細かく切って入っていたが、絶対に欠かせないのが裏山で採ってきて塩漬けにして保存した笹竹だ。僕も子供の頃は、祖父母と母について裏山に笹竹を採りに行ったものだ。  

 母はもう笹竹を採りに山に入ることも出来ないし、裏山も今では公園として整備されてしまっている。母の自慢の笹竹が入った五目ごはんは、もう食べることが出来ない。でも、今年は母を連れて山に行こうと思う、笹竹は無理でも道路脇にある蕗を採りに。母が歩けるうちに。

 

・あさひかわ新聞【並木道】 平成25年 3月12日掲載

【赤いバンダナ】

 

 公園を散歩していたら「誰か助けて。」と、かわいい声が聞こえてきた。

その声のする方へ目をやると小さな女の子が、道から少し入った雪の中に座っていた。その「助けて」という声がそれほど深刻に聞こえなかったので、子供がよくやる遊びだろうとそのまま一度は通り過ぎたのだが、何故か気になり雪を漕いで女の子の近くまで戻ってみた。

「どうしたの」と声をかけ顔を覗き込むと涙が溢れた目が真っ赤ではないか。どうやら遊んでいるうちに深い雪に足が取られ、抜けなくなって助けを求めていたようだ。すでに足は雪から抜けていたが、その時に脱げてしまった右足の長靴と靴下は雪まみれになり、濡れた足が冷たくて泣いているのだった。

自分はポケットからバンダナを取り出して、女の子の足を拭き、靴下の代わりにバンダナで足を包んでから長靴を履かせた。そして公園から近い女の子が住むマンションの前まで送っていった。バンダナを「返さなきゃ」と言う女の子に「おじさんはたくさん持っているからいいよ」と手を振り別れた。そうは言ったが、数枚のバンダナで使い回しているので、女の子の足を包んだ赤いバンダナもかなり色があせていたはずだ。

 そんな冬の日の出来事。数年か経てば彼女の記憶からも色あせ消えていってしまうのだろうな。

 

・あさひかわ新聞【並木道】 平成24年12月11日掲載

【冬には鍋】

 

 冬と言えば鍋だ。

ある調査ではひと冬に日本人が鍋を食べる回数は11回だそうだ。およそ1週間に1回食べている計算だ。なんと我々日本人は鍋が好きなのだろうか。

 一口に鍋と言っても、湯豆腐や水炊き、ちり鍋のようにタレを付けて食べるもの、石狩鍋やちゃんこ鍋のように味噌や醤油や塩で味付けられたスープで煮込むものもある。最近ではカレー鍋やトマト鍋、キムチ鍋とそのバリエーションはかなり豊富だ。鍋の材料も豚肉、とり肉、魚介類と何でもOK。野菜も様々なもので楽しる。わざわざスーパーに材料を買いに行かなくたって、冷蔵庫の野菜室に残っているちょっと元気の無くなった野菜だって、冷凍庫の置くに押し込められた「いったいお前はいつからそこにいたの?」ってお肉だって、鍋にしてしまえばそれなりに美味しく頂ける。

 わが家ではそれを「在庫一掃セール鍋」と呼んでいる。

具材を変え味を変え、毎週我が家でも登場する鍋。冬の初めには「今夜はお鍋だよ。」と言うと喜んでいた子供達も、さすがに毎週毎週だと飽きてくる。「え~。またお鍋」と文句が出てきた頃、北海道にやっと遅い春が来るのである。